
【Check-Point】
前編の懐聖寺からの再開となります。
後編のルート:懐聖寺→五仙古観→錫安堂→陳家祠→華林寺→濠畔街清真寺

甜水巷:
清代の後半の古い町並みの路地を南下します。お惣菜などを売る露店が連なり、かなり匂いがきついです。
雨よけテントの色選びのセンスがちょっと。。。笑
五仙古観

一番最初にある山門です。
門の両脇に石麒麟の石像が置かれています。五仙古観の守護神だそうです。

山門を抜けると五仙古観の正門がありました。広州の誕生神話(道教)を伝える代表的な観光地です。五仙人と五羊が広州の伝説である事は、以前に越秀公園で紹介した通りです。

五仙霞洞と書かれた木彫りの屏風。木彫りは広東省の伝統工芸の一つでもあります。絵の内容が今ひとつ何を表しているのか解りませんが、植物が成長、生い茂るような躍動感があります。五羊伝説で穀物が豊かになった事を表しているのかもしれませんね。

本殿に来ました。広州で現存する最古の明代木造建築の一つだそうです。瑠璃瓦がとても美しいです。

本殿の中には五仙の像がありました。一番手前だけ若者で、後ろの四人は年配のようです。そういえば、越秀公園の五羊像も一頭は子羊だったと記憶しています。

本殿裏手に五羊の像もありました。まるっちくて愛着が湧きます。羊城と呼ばれる広州市であれば、きっと未年の春節は例年以上に賑わうのかもしれません。2027年(未年)に訪問出来る事を楽しみしています。

本殿横には「仙人拇迹」と言われる仙人の足跡が残っています。足跡の形は明確ではありませんが、言われてみれば足跡?って感じでした。それにしてもこの足の大きさなら仙人はゴジラ級にデカいです。

五仙観禁鐘:広東省に現存する最大の明代の銅鐘。
高さは3m、重さは5t。鐘の音は広州全域に響いたとされています。

その他石像の置かれた場所の様子です。

本殿の脇は美しい庭園になっています。インスタスポットならぬ、Douyinスポット?(笑)

とても魅力的な場所でした。広州市に旅行でいらした際は、是非訪問をおすすめしたい場所です。

地図でキリスト教の教会を発見したので、ちょっと寄り道。ブログが「寺院巡り」なのにもうなんでもアリアリになっちゃいました。でも、中に入れませんでしたので、とっとと次に向かいます。
陳家祠(陳氏書院)

またしても寺院ではありませんが、先祖を祀る”祖祠”としては、おそらく広州では最もい大きいのでは?と思われる陳家祠に来ました。地下鉄広州8号線の駅名にもなっているので、こちらも観光名所と言えると思います。

清代を代表する宗族建築として、広東省民間工芸博物館として公開されています。入場料はこのとき20元で、パスポートの提示を要求されました。

陳家祠は清代1888年に、広東省各地の陳氏一族が共同で資金を出し合い建立しました。本来は陳氏一族の祖先を祀る祠堂であると同時に、一族の子弟が科挙を学ぶための学舎としても使われていました。(Baidu参照)

木彫り彫刻や陶工芸が非常に精巧に造られていて、その美しさに圧倒されます。

神輿のようですが、精巧な木彫りで勇壮です。

陶塑の像

広東省四大工芸である、木彫り、石彫、レンガ彫刻、陶芸をすべて満喫でき、国家重点文物保護単位に指定されています。
華林寺

華林寺は梁の武帝527年に創建され、中印文化交流の地とされています。前身は「西来庵」、草を結んで庵を作り」、専心して厳しい修行に励んだとのこと。

信者の寄進瓦:
参拝している人の中に瓦に何か書いて祈りを捧げているような行為を見かけました。絵馬みなたいなものですかね?はて。

祖師殿(祖師堂):
禅宗初祖・菩提だるま(だるま大使)を祀る堂で、正面に「祖師殿」の額が掲げられ、伝統的な二重屋根が精緻な木彫装飾が見事です。

舎利塔:
清代1701年建立。別のコラムで記載した七星岩産の白色大理石で造られているらしく、高さ7メートル、六面七層で嶺南地方の石彫芸術の逸品と言われているそうです。

五百羅漢堂:
三宝仏像が南北の中軸線を形成し、東西両側には五百体の羅漢像が安置されています。
入ってみましょう~!

説明書きの通りでした。
羅漢像の迷路のようです。写真撮影は禁止されていたのかもしれません。ごめんなさ~い。

寺院の一部が改修工事をしていたためなのか?別場所のテントの中に五方佛?なる像がおかれていました。工事とはいえこの扱いは?とも思ってしまいました。まぁ、こちらでは珍しくないですけど。

五眼井:
お寺の外に井戸を発見しました。配置は五つの星が月を囲む形になっているそうです。
南北朝時代にだるま大使が滞在していた際、信徒に掘らせたと伝えられています。当時は生活用水として実際に使用されていたとの事。
濠畔寺(濠畔街清真寺)

最終地点の濠畔街清真寺を目指して東の方向へ。”濠畔”は明代に広州城南の護城濠(城の堀)に位置していたことに由来。沿岸交易拠点として、清代には全国有数の皮革加工・販売の中心地として発展。皮革原料が香港を経由して海外へ転売されていたそうです。(baidu参照)

濠畔街清真寺らしき建物は無く、スマホGPSを使っても辿り着けず、諦めて帰宅しようという時に、人がすれ違うのも困難な細い路地で入口発見。
民家の中でもあり、こりぁ~わかんないよ~(笑)

清真寺は広州に駐屯していたイスラム教を信仰する軍人とその家族が資金を出し合って建立。明代における広州四大モスクの一つとされています。

南方庭園様式という配置が採用されていて、大殿は西を背に東を向いた、二重屋根(重檐歇山頂)構造をしています。漆金を施した木彫りの飛罩が残され、アラビア文字の文様と中国伝統の意匠が融合しています。配色も特徴的ですね。

歴史的には、イスラム教徒の養老施設や作業場として利用されたこともあり、1993年に広州市の文物保護単位に指定されました。
私個人は信教は持ちませんが、今回寺院などをのんびり廻って心が洗われるような気がしました。神が祖先などの教えに従い精進し、それを後世に伝えていくのは人類の最も根底の考えなのかもしれません。ちょっと学べたかもしれません。失礼しました~!


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